空港でキレた父親の例から学ぶ異文化理解

Man in anger pointing finger異文化コミュニケーション
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「規則は規則」

申し訳ありませんが、規則でそのように決まっておりますので・・・

役所であれお店であれ、何かの要求に対するこのような返答を耳にしたことは一度や二度ではないと思います。この台詞を言われると、恐らくそれ以上何を言っても対応が変わることはないでしょう。たとえある規則に対してこちらの主張に理があったとしても、結局「規則は規則です」という堂々巡りから抜け出ることはありません。反対に規則を守る側も、なぜ守らなければいけないのかとは特に考えず「とにかくそう決められているから」と納得する人が大半でしょう。

また、建前上は規則を破っていないのであれば、実質は破っているのと同然のことをしていても止められないケースが多いのも事実です。「止める根拠となる規則がない」からです。

階層主義的なマレーシア文化

こうした行動パターンは何も日本に限ったことではありません。

文化心理学者のミシェル・ゲルファンド教授が、文化が「タイト=厳格」か「ルーズ=寛容」かという指標を元に33カ国を対象として2011年に行った調査では、マレーシアはパキスタンに次いで2番目に「タイト」な国だという結果になっています (日本はトルコの次で8番目)。つまり、マレーシアは日本以上に階層主義的な文化であり、権威やしきたりに従うことが強く求められる社会だということです。

個人が主張すべきことは主張するという文化で育った人にとっては、権威や慣習が重視されるマレーシアの文化はかなり対極に位置しており、注意していないとコミュニケーションで失敗してしまうことがあります。

2年ほど前にマレーシアの空港で見かけたトラブルを例にして考えてみましょう。

マレーシアの空港における事例

Travel bags and suitcases

手荷物1個7Kgまで

格安航空のエアアジアが発着するクアラルンプール国際空港第2ターミナル (klia2)では、出国手続きの前に機内持ち込み荷物のサイズ&重さチェックがかなり厳しく行われています。手荷物を一つずつ計量器に載せて、制限の7Kgを超えていないかどうか確かめるわけですが、そこである家族がトラブルになっていました。

両親と子ども二人の計4人家族で下の子どもは恐らく幼稚園ぐらい、国籍は確認できませんでしたが会話の様子から判断すると英語ネイティブ、恐らく北米ではないかと思います。家族全員がそれぞれ自分の手荷物を持っており、下の子も大した荷物は持てないとはいえ一人前に小さなスーツケースを与えられていました。

父親がキレた理由

父親の荷物を量ったところ制限重量をかなりオーバーしていたため、超過分を重さに余裕のある子どものスーツケースに移すようにと警備官が言ったことがきっかけで口論が始まったようです。全身でジェスチャーをしながら反論していた父親は、次第にもっと大声で食って掛かるようになり、最後には周辺の人々が驚いて振り返るほどの怒号へと変わっていきました。

会話の一部は次のようなものでした。

こんな小さなうちの子に、7Kgも持たせろって言うのかお前は!」と床に広げた荷物をバンバン叩きながら叫ぶ父親に警備官は、

一つ7kgまでと決まっているんですから、そうなるように荷物を調整して下さいと言っているだけです

家族全員分を合計した重さは制限を超えてないってさっきから言ってるじゃないか!見れば分かるだろ!!

何度も言っていますが、ルールに従わないのならここから先へは進めません

この子に重い荷物を引かせて公共の場で恥をかかせろと言うのか! つまり、お前は俺に子どもを虐待しろと言ってるんだぞ!これは名誉棄損だっ!!

警告しますが、これ以上問題を起こすようならそれなりの対応を取りますよ

このように、コミュニケーションが完全に破綻してしまったわけですが、一体何が理由でここまで話がこじれたのでしょうか?

理屈 vs ルール

Little girl carrying her suitcase
写真はイメージです by Kaelie Nielsen on Pixabay

感情を抜きにして主張だけに注目すれば、「家族全員の荷物の合計は制限重量内だ」という父親の言っていることには一理あります。しかし、取り締まる側の警備官からすれば、1個あたり7Kgという基準は自分の判断で勝手に変えられるものではありません。

そもそも父親が激怒していたのは、“子どもに重い荷物を持たせる”というアイデアが原因でした。しかし、会話からも分かるように警備官は「荷物を子どものスーツケースに移すように」と言っただけで、「子どもに荷物を持たせるように」とは言っていません。要するに、検査時だけ各荷物を7Kg以内にしてくれれば正直その後はどうでもいいわけです。親が代わりに持とうが、出国審査の後でまた中身を移し替えようが問題ありませんでした。

ところが、すぐ親に抱っこしてもらうことの多いアジア圏の子どもとは異なり、自分の足で歩かせ年齢に応じた荷物を持たせるというこの家族が育った文化 (自己責任を重視する文化) では、「荷物を振り分ける」→「各自が自分の荷物に責任」→「重くなった荷物を子どもが持つ」と考えたため、子どもが辱めを受けたと勘違いし怒りを爆発させてしまいました。家族の合計としては制限重量を超えていないのに、荷物一つの重さにこだわる警備官が屁理屈をこねているように見えたのかもしれません。

一方で警備官の側からすれば、子どものスーツケースに荷物を移すという簡単なことになぜ父親がムキになって抵抗するのか全く理解できなかったことでしょう。「荷物を振り分ける」→「各バッグが制限重量におさまる」→「チェックポイントを通過できる」というだけのことに、怒り狂って虐待だの名誉棄損だのと言われても意味が分からないのです。

父親が考えていたのは「各自が持てる量の荷物を持つ」&「全体として制限を超えていない」という理屈、そして警備官にあったのは「荷物1個7Kgまで」という決められたルールと「誰がどの荷物を持とうが関係ない」という本音でした。こうして、建前上ルールを厳格に守ろうとする警備官と、自分の理屈が正しいと思っている父親は完全に衝突してしまったのです。

「個人の権利」主張で逆に不利益に

コミュニケーションとはお互いが努力するものなのでどちらにも改善できる点はありますし、警備官が外国人旅行者を相手にもう少し融通を利かせてもよかったのではないかとも感じますが、このケースで場をうまくおさめるには、(納得しているかどうかは別として) 父親の側が警備官の指示に従うべきだったと考えられます。

マレーシアのように階層主義的な国においては、階層的に上に位置する相手に対して個人の権利や理屈を盾に訴えても (特に外国人の場合は) あまり意味がないという点を忘れてはいけません。たとえ何かで理不尽な対応をされたからといって、個人主義の文化を持つ国と同じ感覚で抗議したところで、損こそしても得をすることはまずありません。一応ルールがあったとしても、決定権を持つ担当者に嫌われれば通るものも通らなくなってしまうのです。(逆に何かの理由で気に入られると、自分の裁量で上手くやってくれることも多い)

主張だけを見ると父親の言っていることも理解できなくはないのですが、そもそもこうした行動を取ること自体がマレーシア社会ではネガティブに受け取られてしまいます。当然、父親の反応は空港内での社会階層で旅行者よりも上位にあたる相手の面子をつぶすことになり、警備官の態度を余計に硬化させる結果となりました。

自分たちの後ろに大渋滞を引き起こしながらも全く引かず、上のような反論を大声で並べ立てる父親に対し、周囲のマレーシア人旅行者も非常に冷めた視線を向けていました。父親は「重い荷物を持たせることは子どもに恥ずかしい思いをさせる」と主張していましたが、恐らく周りにいた人の多くが「だったら、衆人環視の中で怒鳴り散らす父親の姿を見るのは恥ずかしくないのか?」と考えていたことでしょう。

この父親がマレーシアの文化的背景をもう少し理解していて、ルールにおける本音と建前の違いを分かっていたなら、素直にその場だけ各スーツケースが7Kgになるよう調整できたはずです。しかし、冷静さを失った状態で、階層や人間関係に応じて物事が決まっていく文化を持つ相手に理詰めで議論したことで結果的に大失敗となってしまったのです。

自分の文化の方が上という心理

事の顛末てんまつですが、その後しばらくして出国審査を通過した家族4人の姿を見かけたので、結局は言われた通りに荷物をまとめたようです。一時は騒ぎを聞きつけた空港警察も集まり始めていたため下手をすれば逮捕された可能性もあったと思いますが、何はともあれ言い争いで済んだことは幸いでした。

ただ、異文化理解という視点から後で気になったのが、もしこれがアメリカの空港だったとしたら果たしてこの父親は警備官に対して同じような態度をしただろうかという点です。

全体の印象として、この父親は普段から粗野な態度を取るようなタイプには見えませんでした。自分の国では決してしないようなネガティブな行動を外国で取ってしまうというのは、相手の文化よりも自分たちの方が上だという心理が原因である場合が少なくありません。もちろん、この父親がマレーシア人 (あるいはアジア人全般) に対してどのような意識を持っていたか断定はできませんが、相手が白人であれば抗議するにしてももう少し違った態度を取っていたのではないか、と考えさせられます。

by Cheryl Holt on Pixabay

相手の文化と比較した時に自分の方が上だという感覚は、無意識のうちに私たちの言動や相手への接し方に影響を与えます。話していてもどこか上から目線になっている、普段は丁寧な態度を取っていても何かあった時にひどくキレる、店であればサービスの内容に差をつけるなど、たとえ自分では気づいていなくても周囲の人から見れば分かるものです。

異文化を本当の意味で理解するには、自分と相手文化の関係性に優劣をつけないことが大切です。言語、国、経済、人種など、様々な要素において知らない間に上位・下位の区別をしていないかどうか、ぜひ定期的に自分の意識をチェックするようにしましょう。

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[参考資料]

Differences Between Tight and Loose Cultures: A 33-Nation Study. ResearchGate. URL: https://www.researchgate.net/figure/Sample-characteristics-of-the-33-nations_tbl1_51169484 (参照日:2020年8月27日)

(2020年2月12日) ルールに厳しい国とルーズな国 違いの理由を知れば、共生のヒントが見えてくる. GLOBE+. URL: https://globe.asahi.com/article/13118849 (参照日:2020年8月27日)

(2019年1月17日) Tight and Loose Cultures: A Conversation with Michele Gelfand. Behavioral Scientist. URL: https://behavioralscientist.org/tight-and-loose-cultures-a-conversation-with-michele-gelfand/ (参照日:2020年8月27日)

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