「今向かっています」と言われても、マレーシアで信じてはいけない理由とは

Looking at the watch while waiting異文化コミュニケーション
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どこからどこに向かってるのか?

誤解がないように説明しておきますが、決してマレーシア人が信頼に値しないと言っているわけではありません。では、なぜ記事タイトルにあるように、一般的なマレーシア人の「I’m on the way. (今向かってます)」という言葉を信じてはいけないのでしょうか?

その理由は、「“どこからどこに向かっているのか”という感覚が違うから」です。

友人が家に来ることになっていたとして、約束の時間になっても来ないので電話をした場面を考えてみて下さい。相手は「ごめん、今向かってるとこだけど少し遅れる。」とのこと。みなさんならどういう状況を想像されますか?

大抵の日本人なら、このやり取りからして友人はもうある程度のところまで来ているだろうと思うでしょう。しかし、10分待っても20分待っても相手は現れません。30分を過ぎたところでしびれを切らし、再度電話をかけて「今どこ?」と尋ねると、「ちょうど家出たとこ。」「は!?

お分かりでしょうか。マレーシア人にとっても一応最終目的地は相手先なのですが、途中で完全な寄り道をしていても「向かってる」、自宅から自分の車がある駐車場に歩いている途中でも「向かってる」、家の中を玄関に向かって歩いていても「向かってる」、ひどい場合には、まだベッドからようやく抜け出すか抜け出さないかという状態でも「(気分的に) 向かってる」という理解なのです。

冗談を言っているように聞こえるかもしれませんが、この話をすればほとんどのマレーシア人が同意してゲラゲラと笑い出すはずです。では、彼らは救いようのないほど時間にいい加減だということでしょうか?

決してそういうわけではありません。

上に挙げた例のように、友人同士の待ち合わせやホームパーティー等では相当時間がルーズになることもあります。しかし、仕事関係を含めこれは重要だ」と自分が思った場面ではそれなりにきっちりと時間を守ることがほとんどなのです。(ただし、日本のように“必ず〇分前行動”といったレベルでの時間厳守ではありませんが。)

マレーシア人同士であれば、「今向かってます」と言うフレーズの意味するところを分かっているので対応の仕方も心得ているわけですが、これが時間を正確に守ることをよしとする文化圏から来た人が相手だと人間関係を損ねてしまう可能性すらあります。この問題の本質を理解するためには、“どこからどこに向かっているのか”というレベルよりもっと根本的な理由、つまり時間に対する概念の違いについて考える必要があります。

マレーシア人は「P時間」

Table clock

文化人類学の権威であるエドワード・ホール (Edward Hall) は、時間の捉え方について「M時間 (単一的時間)」と「P時間 (多元的時間)」という二つの型を示しています。「M時間」の文化では物事の順序を重視し、時間に正確で約束を守ることが求められます。そして、時間軸は1つしかないので無駄にしてはいけないと感じています。一方、「P時間」の文化では複数の物事を同時に行い、時間軸は人間関係次第でいくつもあるので時間にルーズな面があり、約束に遅れることもそれほど大きな問題とはされません。

お気づきのように、日本の場合は基本的に前者、そしてマレーシアは後者のグループに属します。そのため、意識して相手の文化を理解していないとお互いに行き違いが生じてしまいます。先ほどのような友人との約束に遅れたという状況では、日本人が待たされた側であれば「なんでこんなに人を待たせて平気なんだ。おかげで時間を無駄にした」と感じ、一方で遅れた側のマレーシア人は「友達同士で会うぐらいでそこまで時間にカリカリするなよ。待ってる間に他のことでもしておけばいいじゃないか」となるのです。

もちろん、マレーシア人でも個人レベルで時間に関し約束を守ることを重視する人はいますが、マレーシア社会全体が約束の時間に遅れることに対して比較的寛容だという点は否定できません。アフリカやアラブ諸国の一部でも、時間についてこうした柔軟な概念を持っているようです。

そうは言っても、こちらにはこちらの都合があります。友人との遊び程度ならともかく、予定がずれると非常に困る事情がある場合はどうすればいいのでしょうか?

「今向かってる」フレーズへの対応策

一つの方法は、約束を守らないことで何がどのように相手の損になるかという点を事前にしっかりと説明することです。例えば、家の不具合で修理業者を呼んだとして、「土曜朝10時に行きます」と言われたとしても時間通りに来ることはまずありません。(以前、約30分ほどの距離にある事務所から「今向かってます」を繰り返しつつ、結局6時間後に来た業者もいた) 

しかし、「昼以降はコンドミニアムの管理事務所が工事を禁止してるから、それまでに終わらなかったらそちらが面倒なことになる」と伝えるなどして、相手にとって約束を破ることがマイナスになるとはっきりしている場合には大抵時間を守るための努力が見られます。

もう一つの方法は、(真逆のアプローチになりますが) 今本当はどこにいるのかを聞き出すことです。こちらだけ延々と真面目に待っていて他のことができないためにフラストレーションがたまるわけで、今来るのか来ないのかさえ分かれば時間を有効に使えます。「すぐ来ないんだったら他にやることあるから、今どこ?」と聞けば、ちょっと口ごもった後に大抵は教えてくれるはずです。

文化により時間の概念は違うという意識

Distorted clocks

マレーシアをはじめ、様々なことが刻々と変化するため物事が予定通りに行かない国では、何かをきちんと決めてそれに従って行動するというよりも、とりあえず大まかなことだけを決めて後はその場その場で柔軟に対応していくというアプローチが重視されます。それは時間に関しても言えることで、全く目的地への道中ですらなくても「今向かっています」というフレーズが多用されるのも、それが「約束があることを意識はしてますよ」という一種のサインのようなものだからかもしれません。

日本の感覚では「約束を守る=信頼関係」という図式があるので、待ち合わせに平気で遅れるというのは相手への敬意が欠けていると感じます。しかし、マレーシア人が待ち合わせに遅れるとしても、必ずしも相手のことを軽く見ているというわけではありません。「今向かっています (I’m on the way.)」という言葉を鵜呑みにしてはいけませんが、約束の時間を守ることの重要性や価値は文化によって異なるという点を意識しておくことは、こうした事例を一個人の性格や人格の問題として一概に結論付けてしまわないためにも大切だと言えます。

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[参考資料]

石井隆之 (2011). ⅯタイムとPタイムの文化論. 言語文化学会論集 36, 277-278,

エリン・メイヤー (2015). 異文化理解力. 英治出版

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